ドラムが教えてくれたこと

初めてドラムっつーものに触れてから今年で33年、「わちはドラム叩いて食っていこう」と決心してから今年で30年になります。
がっぽり20年近く間が抜けてる上に、タイコで食っていけた時間はわずか2年ちょいの短い時間でしたが、タイコはわちに「音楽の楽しさ」を刻みつけてくれました。

まず、基礎を固めることの難しさ。
自分が渇望する「理想の音」を出すために基礎がどれだけ大切か、如実に感じられる楽器が「打楽器」だとわちは思ってます。
なぜなら、不動のテンポ感を人間が持ってないからです。
そして、不動のテンポ感は、機械が叩き出せるからです。

録音した演奏と同時にメトロノームを鳴らすと、どんだけブレてるか一発でわかります。
でも、メトロノームはあくまで正しいテンポを刻む機械であり、演奏ではない。

メトロノームでは、グルーヴは作れません。
グルーヴってのは、ブレる人間だからこそ生み出せるもの。
それをわちに教えてくれた楽器が「ドラム」でした。

それ以前に2年間みっちりパーカッション漬けだったのよ。
これでも熱血吹奏楽部所属でしたからね。

なのでね、わちは基礎固めには、すごくうるさいよw
しっかりとした土台の上にゃ、ガタつくことのない家が建つからね。


で、「楽しむ覚悟」かなぁ。

ドラムは孤独な楽器です。
ギター・ベース・キーボード・ヴォーカルなどなど、他のパートにあるものが、ドラムにはない。
音階というものがなく、音量が基本デカいw

んでもって、バンドが進む道のレールを敷くのがドラムの役割です。
リズムを刻み、バンドに歩幅と行く先を示します。
ドラムが酔っ払ったリズムを刻むと、まとまったバンドであれば全体が酔っ払いに変身します。
まとまってないバンドであれば音がバラバラになります。

「タテの線を揃える」という役割を、音階のミスのない環境に許された代替の責任として負う楽器が、ドラムです。
本番が始まったら、ふつーは全員がドラムに合わせますよね。
誰も抗えないパートを担う重大な責任を、ドラムを選んだ人は必ず負うのです。

そんなでけー責任を背中にどっかり負いながら、リズムをコントロールしつつ、楽しむ。
「楽しむ」に至るまでの努力は常に必要だが、そこまで至っちゃうとこんなに楽しい楽器は他にないと思うんだよね。
スタジオでのリハも、下手すりゃスティックだけ持ち歩けばなんとかなるしw

ドラムはバンドのコンダクターだと、わちは思ってます。


打楽器てのァ、誰でも鳴らせる楽器です。
でも、誰一人として、他の人と全く同じ音が出せません。
「人」そのものが「音の個性」直結というシンプルさ。

なので、サボるとそれがそのまま音に出ます。
それどころか、その人の主張や性格すら、そのまま音として吐き出されるのです。

わちは、人としゃべるのが苦手です。
うまくコミュニケーションを取れない自覚があります。
だからこそ、自分がどうしたいのか、主張するためにドラムを選んだのかもしれません。
んにゃ、「ドラムに選ばれた」と思いたいところ。

何かを伝えたい。
楽器に没頭できる人は、大なり小なりそういう気持ちを必ず持ってます。
わちもその一人です。
わちが「楽しい!」を叫ぶ手段が、ドラムなのです。


それを今日参戦させてもらった突発セッションで思い出しました。

これまでにも何度もタイコの前に座っては思い出してたけど、今日も改めて「わちはタイコを愛してるなぁ」としみじみ思ったのです。

今はキーボーディストとしての時間の方が遥かに長いけれど、ドラムが教えてくれたことが鍵盤に活きてるし、曲を書く時にもめっちゃ活きてます。

ドラマーでなければ、ゲームサウンドクリエイターにもならなかったと思う。
もちろん今も、鍵盤を弾いてないんじゃないかな。

そんくらい、ドラムにもらった「愛」が、わちにはデカいんだなぁ。
この愛なくしては生きていけませんヨ。

雪の上の足跡

タイトルとURLをコピーしました