今、わちはトテモ「わちらしい」という状態。
無理せず、自分にウソつかず、粉々に崩れた価値観を
ひとつひとつ確認しながら、再度積み上げる作業中って感じ。
去年と比較すれば立場も変わったし、社会的にも変わっとって
精神的にも肉体的にも、どれもこれも不安定。
でも、大丈夫。
そう思えるので、トテモ「わちらしい」状態なんだろう。

だがしかし、わちをそう見ていない人もいるらしい。
わちが「トモダチ」と思っていても、
去年と立場が変わったことで、連絡を絶つ人々。
めがねをかける人々。
わちを「姉さん」と呼び、何かというと一緒につるもうとした
そういう人たちが、立場が変わった事で、わちの前から消えた。
ぶっちゃけ、陰口を叩き始めた輩もいる。
寂しい。
そう思った。
その寂しさから見えてきたものもあった。
立場が変わる以前からわちをトモダチとして見てくれた連中が
mixiの中にも数人いるんだが、その人たちは、わちの立場が
変わっても、わちから見ると、あまり変わらないそぶり。
わちに興味がないのかもしれん、とも思うほど(笑)。
その代表格はマブだったりするんだが、
ヤツはもう15年以上そういう関係だから度外視しとく。
そういう人たちは、例えばバーチャジャンキーの時代だと
「悪徳でパイ使いのあるま」を見てるわけであって、
「あるま」を見てるわけではなかったりもする。
ドラマニ好きの集まりの中だと「○○のMegさん」であって
「Megさん」を見てるわけではないんだなと思う。
わちは、何かとのセットではなく、わちそのものデス。
立場が変わっても、わち自身は、何も変わらない。
筋の通らない事に対してはすぐ怒るし、
偽善者と言われようが、自分の中の「筋」は
断固通そうとする。
自分が悪いと思った事は光速で謝るし、
誰かが間違った事をしたと思ったら、
相手のどこが悪いか自覚するまで言い続ける。
離れていった人たちは、そういうわちの「芯」を
理解しようとしなかったんだろうか。
わちを、理解しなくても軽く付き合える相手と思ったんだろうか。
わちは、わちを理解しようとしてくれる人たちや
わちをおもしろいと興味を持ってくれる人たちを
これまでの記憶でイマイチ覚えていない部分があるので、
これから一層大切に大切にしていこーと思う。
でも、「大切にする」というのがどういうことなのか
まだ自分のキモにストンと落ちていないので、
「おりゃ大切にされとらん!」と思う皆様、
どうかツッコミをよろしくお願いします<(_ _)>(真剣)

今までわちをトモダチと思ってくれてありがとう。
これからトモダチと思ってくれる人は、大切にします。
#「知り合い」という程度というか、サジ加減は
 恐らく過去も今もよくわからないので、
 それはどうなるかワカリマセン(笑)。

雪の上の足跡

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